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本校キャリア教育の一環として、(株)さんぽう主催、NPO法人日本学校進路指導支援協会共催による、全国の高校生のための「キャリア(進路)についての生活文・短歌コンテスト(第9回)」に応募しました。全国から4264篇という多数の応募の中から、生活文・短歌の両部門での最優秀賞を含め、多数の作品が入選しました。また、済美高校は、学校として団体賞も受賞しました。以下に、入選作品を掲載いたしました。

生活文部門

 

最優秀賞
祖母の介護で見つけた夢
3年4組               福島 恵

   高校一年生の四月、私の祖母が脳梗塞で倒れた。手術を受け、集中治療室にいると聞き、すぐに病院に駆けつけた。集中治療室にいた祖母は意識がなく、たくさんの機械に繋がれていて、いつも優しい笑顔を浮かべていた祖母からは考えられない姿だった。もうこのまま目を覚ましてくれないような気がして、涙が止まらなかった。そんな私の不安をかき消すように、祖母の容態は日に日に良くなっていった。私は遠くに住んでいるのでお見舞いには行けなかったが、看病している父の話を聞くたびに驚いた。一週間ほどで一般病棟に移り、その後大きな病院から地元の病院に転院した。そして倒れてから四ケ月後、リハビリ病院に転院することになった。そこまでは順調に進んだのだが、転院することが決まってからが大変だった。祖母は脳梗塞の後遺症で身体が麻痺し、ベッドから起き上がることができなくなっていた。健康な私からすればなんともない飛行機や車での移動が、祖母にとってはとても困難なものになっており、私の父母は転院方法についてとても悩んでいた。そんなとき、ベッドで飛行機の利用や介護タクシーの存在などを教えてくださったのは介護支援専門員の方たちだった。その方々の助言のおかげで祖母は無事転院することができた。転院先の病院でも介護保険のことやさまざまな施設や支援の説明をしてくださり、介護をすることが初めてだった私たち家族でも安心して祖母の世話をすることができた。
  リハビリ痛院に転院できて私たちは安心していたが、祖母はリハビリをとても嫌がっていた。介護福祉士の方や私たちがリハビリに行くように促しても、突然泣き出したり、眠ったりしてしまっていた。自分の思い通りにできないことが多いことに加え、ベッド上での生活に慣れてしまったため、動くこと自体がとても嫌になったようだった。そんな祖母を見た私は、病気を患ったことによって祖母はこんなにわがままになってしまったのかと残念に思い、お見舞いに行くことも少し嫌になっていた。しかし、そんな祖母にも介護福祉士の方々は優しく接し、祖母がしっかりとリハビリに通えるようにしてくださった。また、お見舞いに行く頻度が減った私に対しては、「お孫さんが来てくださった日はとても喜んで、身体の調子も良いみたいなんですよ。」などと声をかけでくださった。その言葉を聞いて、私の役目は祖母に会いに行き、リハビリや検査の連続で大変な祖母の話を聞いたり、私の学校生活について話したりして、祖母の辛い気持ちを和らげてあげることだと気付いた。それまでは介護福祉士という仕事はおむつ交換、食事や入浴の援助など身体的な介護をするだけのものだと思っていた。しかし、祖母の介護をしてくださる姿を通して、介護を受ける人やその家族の思いを感じ取り、心に対するケアをすることで、円滑にリハビリを進められる状態を作ることも重要だと知った。
  介護福祉士や言語聴覚士、作業療法士、理学療法士など身体機能の回復を直接的に支援する職業、社会福祉士や介護支援専門員など家族や周りの人々が安心して介護できるように支援する職業などさまざまな分野の方々が連携して祖母の介護は進んでいる。その連携によって祖母はしっかりとした会話ができるようになり、補助器具を使って歩けるようにもなった。祖母の介護にはさまざまな職業の方々が関わっていたけれど、どの職業の方でも、介護を受ける人に対してはもちろん、その家族に対しても思いやりと気遣いを忘れていないことを感じた。
  祖母が介護を受けることになるまで、私の将来の夢は人を助ける仕事をするという漠然としたものだった。しかしどんな資格を取得し、何の職業に就くかはまだはっきりと決められてないが、どんな職業に就いても、介護を受ける人、そしてその家族をはじめとする周囲の方々の思いを理解し、より深い介護ができるようになりたい。

(選評) 
将来は、人を助ける仕事をしたい、それが福島さんの抱いていた漠然とした夢でした。そんなある日、大好きな祖母が突然脳梗塞で倒れます。祖母は闘病の過程でわがままにもなりますが、専門家の粘り強い支援によって言葉を取り戻し、器具を使って歩けるまでに回復します。その過程をきちんと記録し、また人間が病を得るとどう変わるかについても見届けました。さらに祖母を介護した専門家の姿を目の当たりにして、人間尊重の職業倫理と高度な介護技術も認識することができました。この一連の体験を通して、漠然とした自分の夢をより現実的で鮮明なものにすることができました。そうした経緯が一つの記録としても、一つの物語としても、読み手によく伝わるように表現することに成功しています。制限字数をややオーバーしましたが、最優秀賞に相応しい作品として、審査員全員が一致して評価し、決定しました。

 


優秀賞
花   火
2年5組               野本 弘樹

  「花火になりたい」
これは私が小学二年生の時、母に言った言葉だ。母の驚いた顔を今でも鮮明に覚えている。もちろん本気で花火になりたいというわけではなかった。ただ花火の様に輝き、人々を感激させることのできる人になりたい、という純粋な気持ちから生まれた言葉だ。
高校生になった今、将来の夢を尋ねられて花火になりたいと答えると、おそらく笑われるだろう。それは私達が具体的な将来を考えなければならない時期であるからだ。輝きを放ち人々を感激させることのできる職業、それを知るには私は無知すぎた。
「教師になりたい」
「薬剤師になりたい」
喜びの表情と共に将来のビジョンを展開していく友達を見るのは辛かった。私の将来の夢は未だに花火だったからだ。
  将来について真剣に悩み始めた頃、私を将来の夢へと近づかせたキッカケは母の一言だった。「留学してみたらいいんじゃない。自分のしたい事が見えてくるかもしれないよ」
留学なんで全く考えていなかった。しかし、その日から私の頭の中に留学という二文字がこびりつき、次第に留学したいと思うようになっていった。
高校一年生の夏、留学が決まった。行き先はドイツ、期間は一年間だ。無限に膨らむ期待と不安を胸に抱きながら、将来への一歩を踏み出した。
  留学して三ヶ月が経とうとしていた。思い描いていた留学生活とはいかず、日々悪戦苦闘していた。相手の言っている事が理解できない。自分の気持ちを上手に相手に伝える事ができない。目の前に立ちはだかる言語の壁。日本では当たり前の事が異国では当たり前ではないという異文化の違い。いろいろな事を経験した。その中で留学生括を振り返って最も大切な経験は異文化発表だろう。ある授業で異国の文化を調べ、発表するというものがあった。もちろん私は日本の文化を紹介することになった。日本の文化を調べ直し、それをドイツ語に翻訳して話さなければならない。想像以上に大変な作業だった。ホストファミリー、仲の良い友達に協力してもらい、なんとか原稿は出来上がった。うまく話せるかな、伝えられるかな。発表前日の夜、私は初めて眠れない夜を過ご
した。
 「すごい良かったよ、感激した」
気付けば私の発表は終わり、休み時間になっていた。クラスメイトが私を囲み、感激したと言っている。数秒経って、現在の状況が分かり、今まで味わったことのない達成感や嬉しさが込み上げてきて大声で叫んでしまった。
「私は今花火になれたんだ」
  この経験から将来したいことが分かり始めた。それは人が知らない事を教えたい、ということだ。教師などはその代表的な例だけど、せっかく留学という貴重な経験をしたから、それを活かせる様な職業に就きたい。まだまだ抽象的な部分はあるが、私の将来の夢は固まりつつある。今私に出来る事は学校で習うことを一生懸命勉強することだ。特に外国語には力を注いでいきたい。そうして少しずつ将来の夢へと近づいていきたい。いつの日かみんなの心に大きな花火を咲かせられるように。

(選評) 
いつか花火のように輝いて人々を感激させたい。小学二年生のころからそう考えていた野本君は、高校一年の時ドイツに留学して、その間に自分のやりたいことを見つけ出すことができました。授業で異文化を調べて発表するプロジェクトに取り組み、日本の文化をドイツ語で発表して、周囲の仲間から高く評価されました。その体験から、自分は人が知らないことを教えたい、できれば外国語を使ってそうしたい。そういう仕事を探し出そうと思うようになったのです。母の薦めでドイツに留学することも、異文化について研究発表することも、予想していなかった想定外の出来事でした。大事なことは、一度に一歩進み、未来は今ここから始まることを認識し、タイムリーなチャンスを生かして、常にベストを尽くして課題に取り組む、そうすれば後になって報われるという貴重なレッスンを、これからの生き方に能動的に適用することです。

 

佳作
3年2組               藤永 明里沙
3年4組               中川 武史
3年6組               川合 夏美
2年2組               國沢 匠弥
2年5組               朝倉 理紗子
2年8組               中川 雄登
2年8組               武田 ひな子

 

短歌部門

最優秀賞
1年3組               佐久間 博子
夢語る 想像のつばさ 広げよう 夏の空見て 未来を想う

(選評) 広げたつばさで、夢の大空をどこまでも飛んで行くようなたいへん雄大な歌です。夏の太陽の強い光に誘われて、ふと見上げた青空に飛ぶ鳥を見たのかもしれませんね。未来の夢が、羽ばたく鳥として抒情的に表現されていてとても心に残りました。未だ見ぬ世界に向かって飛び立つことには、不安や心細さを感じるものです。それでも、そのような気持ちに負けず、自分の夢に向かって力強く羽ばたいて行ってもらいたいものです。そして、素晴らしい未来を見付けて下さい。(平出 彦仁)

佳作
3年12組             成田 彩貴
漁師飯 食べつつ話す 未来の夢 聞いてくれるは 家族と潮

(選評) 海辺での温かい家族の雰囲気が目に映るようです。進路の選択・決定は、最終的には「自らの進路は自分の責任で決める」ことが基本ですが、その前に家庭環境をよく理解し、家族の協力・支援を受けることが大切です。夢が語り合える家族、夢を聞いてくれる家族は、現在の世では意外に貴重な存在です。情感に溢れたとてもよい作品です。(池場 望)

2年18組             伊藤 愛莉
戸惑いが 決めた夢から 遠ざかる 拳握って 夢追いかける

(選評) 就職しても進学にしても、進路選択は一朝一夕に決まるものではありませんね。発達段階に応じた進路指導・キャリア教育の学びが大切です。また、進路選択時には、社会をみるという経験が少ないだけに、迷路に突入したかのように四方八方が塞がることもあります。強く拳を握ってという表現が、心を奮い立たせて、強く立ち向かう姿勢が目に浮かびました。(高野 安弘)

1年16組             速水 穂乃香
教室で 夕暮れ見ながら 夢かたり それぞれの道 それぞれの未来へ

(選評) 授業が終わった放課後の教室は、友との語り場になるのでしょう。何気ない話し合いは、自由を謳歌するという時間でもあります。そんな友とのやりとりを、応援するような茜雲(夕日)が窓越しに差し込む風情は、暖かな励ましでもあり、友との絆を一層深めるものです。これからは、別離な道へ進路を取りますが、深めた絆は、いつまでも忘れないという雰囲気を感じ取りました。(高野 安弘)

 

団体賞

済美高等学校

 

 

 

 


 

2015年01月23日

 

 

 
 
 
 
 
 
 

 

 

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